「命」を守る国民皆保険制度の将来
日蓮宗いきいきマガジン「あんのん」寄稿文

日蓮宗いきいきマガジン「あんのん」
 人の「命」の尊さを考えてみる時、その奥の深さに自らの知的な非力を感じることがたくさんあります。しかし、「命」の尊さを疑う人などいないことも事実でしょう。我が国は、先の大戦において三百十万人の尊い命が失われ、その深い反省に基づき戦後は人の「命」ることを国の政策に携わる人達がかみしめる様になりました。従って、国家再建の旗印の一つに社会福祉国家の構築がなったことも当然の事であった様に思います。

 社会福祉国家を構築する際に、人の「命」に直接かかわる政策分野は、保健・医療の分野でありその柱となるなるのは国民皆保険制度です。我が国は、戦前においても「富国強兵」の方針のもと当時のドイツの制度を模範として1922年に健康保険法が制定されました。健康な若者と健康な母親作りが主たる目標となりました。当時、健康保険に加入していた人は人口の3%のみであったそうです。大小を問わず企業で働く人達を対象にした組合保険、市町村が保険者となり地域の住民を対象にした地域保険等を中心に健康保険制度が拡充されました。先の大戦がはじまる直前には人口の70%が健康保険の対象となっていました。

 戦後は、社会福祉国家の構築を目標として人の「命」の尊さをかみしめつつ、国民健康保険と呼ばれるようになった市町村を保険者とする地域保険の再拡充が行われました。そして、1961 年には全国のすべての市町村に国民健康保険が成立しました。従って、1961年は、我が国において国民皆保険制度が成立した記念すべき年となりました。そして、国民皆保険制度も来年2011年にはいよいよ50周年を迎えることになります。

 この50年間に日本人の健康も格段に増進し、ついに男は78歳、女は83歳と男女ともに世界で最も平均寿命の長い国となりました。実は、1950年代及び1960年代の復興期にはまだまだ高かった乳幼児死亡率が急激に減少したことから平均寿命が延びたのです。当時の日本は貧しく、政府は戦後の荒廃した社会の中で限られた財源を結核対策と母子保健に集中して配分したのが功を奏しました。そして、1970年代にはいると乳幼児死亡率もおおよそ底打ちし、その後は成人人口の長寿化が平均寿命を押し上げることになります。

 この成人人口の長寿化の原因として、国民の教育程度が高く、経済の発展に伴い食生活が改善され日常生活の衛生環境も整備されとこと等多くの社会的要因があることは当然のことです。しかし、国民皆保険制度のもとで、人の「命」の尊さをかみしめ、誰もが人の「命」は平等に扱われなければならないという考え方が定着し、いつでもどこでも保険証があれば医療機関にて診断と治療が受けられるようになったことも重要な原因の一つであったのです。最近の我が国の医療制度に関する研究によると、この国民皆保険制度のもとで地域医療の提供体制が充実し、初期診断や初期治療において質の高い医療サービスが提供されるようになり、特に、医薬品を用いた治療が効果を持って健康の回復を促進し平均寿命を延ばすことに貢献したということです。
 しかし、急速な高齢化社会への突入、バブル崩壊後の経済の低迷、深刻化する財政赤字、医学の進歩による医療費の増加等々様々な複雑な原因により、我が国が世界に誇る国民皆保険制度も維持発展させることが大変難しくなりました。高齢者いじめであると評判が悪く、政権交代とともに廃止することが決まった後期高齢者医療制度も、終末期医療を含み医療費が急増する75歳以上の方々に対する国の補助金を投入する仕組みを作り国民皆保険制度を維持するための制度でした。

 この後期高齢者医療制度の廃止が決まった以上、あらためて国民皆保険制度を守り持続可能な制度を構築するために我が国の国民皆保険制度を抜本的に見直す必要があります。小手先の改革でつかぬ間の安穏をむさぼるようなことをしてはなりません。また、国民の「命」に直結するこの様な問題を政争の具にしてはいけません。歴史の歯車は、この国民皆保険制度を見直し抜本的な改革をする時期を国民皆保険制度50周年の年に合わせたようです。出来うる限り超党派で良識のある国会議員が政治的なリスクにひるむことなく抜本的な改革の為の議論をすることを期待しています。

武見敬三